マンションのエレベーター前に貼られていた注意喚起(国民生活センター・三芳町消費生活センター名義)
エレベーター前の掲示板に、この貼り紙が貼り出されました。「ご注意下さい!」という赤い見出し。独立行政法人国民生活センターのロゴと、町の消費生活センターの電話番号。テーマは高齢者を狙った「訪問購入」、いわゆる押し買いのトラブルです。
善意の掲示であることは間違いありません。しかし、立ち止まって読んでみて、私は強い違和感を覚えました。これを読んで、肝心の「狙われる側」の人は、何をどう警戒すればよいのか分かるだろうか、と。
見出しの切り貼りだけでは、被害の場面が想像できない
貼り紙の中身をよく見ると、国民生活センターが公表している注意喚起資料の「タイトル部分」を、ほぼそのまま二つ並べただけの構成です。「不用品を買い取ると言ったのに貴金属を買い取られた!!」「きっかけは訪問購入?犯罪まがいの深刻なトラブルにご注意を!」――どちらも本来は報告書の表題であって、それ自体が説明文ではありません。
詐欺への注意喚起が効果を持つのは、読んだ人の頭の中に「被害に至る具体的なストーリー」が浮かんだときです。この貼り紙には、その肝心の手口がまったく書かれていません。実際の押し買いは、おおよそ次のような流れで進みます。
- 「不用品、古着、何でも買い取ります」と電話や訪問で勧誘してくる
- 家に上がり込むと、不用品はそっちのけで「指輪やネックレスはありませんか」「貴金属を見せてください」と話を変える
- 断っても居座り、相場よりはるかに安い金額で半ば強引に貴金属を持ち去る
「不用品の整理」「終活」という、高齢者にとって切実で前向きな動機を入口に使う点が、この手口の巧妙なところです。この流れを知らなければ、「不用品を売るだけだから大丈夫」と業者を家に入れてしまいます。
最も重要な法的知識が抜けている
さらに問題なのは、被害を防ぎ、被害から回復するために決定的に重要な法律の知識が一言も書かれていないことです。訪問購入は2013年の法改正で特定商取引法の規制対象となっており、消費者には強力な武器が与えられています。
① 頼んでいない訪問勧誘は、そもそも法律違反
消費者から依頼されていないのに訪問して買い取りを勧誘すること(不招請勧誘)は、特定商取引法で禁止されています。アポなしで「貴金属を売ってください」と来る業者は、その時点で違法の可能性が高いのです。
② クーリング・オフは8日間
契約書面を受け取った日から8日間は、無条件で契約を解除できます。
③ 8日間は品物を渡さなくてよい
ここが訪問購入特有の最重要ポイントです。クーリング・オフ期間中、消費者は品物の引き渡しそのものを拒否できます。「契約したから渡さなければ」と思い込む必要はありません。品物が手元にあれば、被害は実質的に防げます。
「大切な貴金属が持ち去られた」と注意を促すのなら、「持ち去られる前に、渡さない権利があなたにはある」と書くべきでしょう。貼り紙はその一歩手前で止まってしまっています。
元資料と見比べて分かったこと
気になって、国民生活センターの公表資料を調べてみました。すると興味深いことが分かりました。貼り紙の二つの見出しは、それぞれ2017年9月と2024年9月に公表された、7年も隔たった別々の報道発表資料のタイトルだったのです。つまりこの貼り紙は、同センターが配布した公式チラシではなく、ウェブ上の資料のタイトルと助言部分を転記して作られた、いわば手作りの掲示物です。
そして、ここからが重要です。元になった2017年の資料の「消費者へのアドバイス」には、本来5つの項目がありました。ところが貼り紙に転記されたのは3項目だけ。抜け落ちたのは「購入業者から交付された書面をしっかり確認しましょう」と「クーリング・オフ期間内は、購入業者に物品の引渡しを拒むことができます」――よりによって、被害を防ぐうえで最も価値のある二項目でした。元資料には正しく書かれていた「渡さない権利」が、転記の過程で削られてしまったのです。紙面の都合だったのか、重要性の判断を誤ったのかは分かりません。しかし、善意の二次利用が情報の核心を落としてしまうことがある、という教訓的な実例だと思います。
「貼った」と「伝わった」は別のこと
作成された方の労を否定するつもりはまったくありません。しかし掲示物は、貼った事実ではなく、読んだ人の行動が変わって初めて意味を持ちます。
特にこの貼り紙の本来の読者は高齢者です。文字は大きく、文章は短く、できれば手口の流れを図解で。そして「家に入れない」「渡さない」「188に電話する」という三つの行動だけが記憶に残るように。情報伝達には設計が要ります。これは行政の文書に限らず、企業の案内でも、私たちが日々書く文章でも同じことです。
困ったときの連絡先
- 消費者ホットライン:188(いやや!)――最寄りの消費生活センターにつながります
- 三芳町消費生活センター:(049) 258-0019
- 業者が居座る、強引に持ち去ろうとする場合は、ためらわず110番
ご家族に高齢の方がいらっしゃる方は、「不用品買い取りの電話や訪問が来ても、家に入れない。貴金属は8日間渡さなくていい」――この二点だけでも、ぜひ伝えてあげてください。
参考:独立行政法人国民生活センター「不用品を買い取ると言ったのに貴金属を買い取られた!!」(2017年9月7日公表)、「きっかけは訪問購入?犯罪まがいの深刻なトラブルにご注意を!」(2024年9月18日公表)
https://www.kokusen.go.jp/news/data/n-20170907_1.html
https://www.kokusen.go.jp/soudan_topics/data/doorstep_purchase.html
特定商取引法(訪問購入:第58条の4以下)
注記:この掲示チラシを作成したのは管理室もしくは理事会でしょう。このままでは、誰もが国民生活センターが作成したと受け取ることになります。これは、ちょっと不味いかもしれません。理事さんでここを読んだ方などいらしたら考えてみてください。
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